ななころびやおき

何度ころんでも自然と立ち直ってる。生きるってきっとそんなもんだ。

マウントされて気づいたこと

“マウント”という言葉を私は5年前くらいからよく耳にするようになったのですが、マウントというのは、相手よりも上であろうと、張り合う行為のことだそうです。


つまりは、ゴリラのオスがやるマウンティングと同じような行為なのですかねw


ブラックジョークはさておき、、


自慢ですが、自慢話もマウントも多少の意味の違いはあるのかもしれませんが、ここではだいたい同じようなものだと捉えて書いています。


私もマウントされてるなぁと思うことは結構ありますし、思い返せばあれはマウントだったのかもなぁと思うことはあります。


ただ、自分に置き換えて、私も他人に自慢やマウントをしてたことがない??と振り返ると、、やっぱり私にもあります。


仕事でうまくいっていた時や、何か珍しいものを発見をした時など、仲の良い友達に言っていました。


ただ、その時の自分の心境を考えると、聞いてもらっている人の上に立ちたい!という気持ちではなく、新しい情報や喜びの感情を仲良い人とただ共有したいという気持ちで報告しただけなんですよね。

例えば小さな子供は、一方的に嬉しかった事を好きな人に逐一報告しますが、嫌いな人に対しては決してしないはずです。


なので、マウントを取られたと思える時も、実は相手にとっては、仲の良い存在へただ喜びを共有するための報告だったのかもしれないと思うのです。


相手にマウントを取られた!と捉える側の心にも、何かしら問題があるのかもしれないと気付けました。



それから、明らかに見下したい、上でいたい!というのが態度に見え見えの場合もありますが、それは、

相手が現状満たされず辛い状況だから。

なのだと思います。

つまりは嫉妬で、人によっては嫌味の一つでも言ってやりたい状況なのでしょう。


でも、生きていたら誰でも辛い状況を経験するもの。


例えば、

会社からリストラされた直後に、友達から昇進が決まった!という喜びの連絡が来た時。


付き合ってる人とうまくいかずに別れた直後、友達から結婚報告が来た時。


素直におめでとうとは言いにくいですよね。。嫉妬は悪い感情と捉える方もいると思いますが、誰でももっている感情で(動物ももってるようですし)、

ただ、その感情が大きすぎたり、ずっと抱え込んで被害妄想化していたら問題なわけで。


こう思うことで、相手がそんなに酷い人にも見えなくなってくるし、自分ばかりが被害を受けたとも思えなくなっていました。


相手に喜びを報告することは大切ですが、いろんな状況の人がいることを理解して、何事もほどほどでいたいと私は思うようなっています。


それに、有頂天になってる時ほど、自分の足元が見えず、ぐらつきやすいですしね。