私は乳がんが判明して丸6年、肺に再発して丸3年になります。
以前、癌の原因は何か?というネットの記事を目にした時、ストレス、食事や運動不足などの生活習慣、、それを押し退けて”運”というのが堂々の一位でした。
たしかに、病気になること以外にもこの両親のもとに生まれ、生まれた時からの能力、事故に遭ったりいつ亡くなるかというのも全て”運”であり”運命”なのかもしれませんね。
私は最初は、食事が原因だと思ってたのですが、再発してしまった時、なんでだろう?と
考えたことがありました。
ふと思い起こすと、そういえば、私、子供の頃からずっと病気がちだったよなーと思い、
『病気になりやすい 特徴』と検索をかけました。
すると、「自分の人生を生きていないとき」人は病気になる
という心理技術講師の梯谷幸司氏の記事が引っかかりました。その記事には癌になりやすい人は”心”が原因とのこと。
それ以来、心と病の相関性が気になり、今に至ります。
丁度その時、梯谷氏のセミナーを受講された、がんの辞典の小澤康敏さんとご縁があり、セッションを何度か受ける運びになりました。
http://www.gan-jiten.com
小澤さんは、寛解した癌患者や癌を研究してる医師の取材をされてる方で、寛解する方の特徴を長年に渡り探ってこられた方です。また、薬品メーカーに勤められてたこともあり、薬や漢方に詳しいので、薬のこともよく相談してました。
そのセッションの中で、ある時、
「全ての人や出来事に、善悪、白黒をつけてない?」
と仰いました。
そう、私は、全ての人や出来事を、良い悪いで判断していたのです。
見事に言い当てられたなぁと思いました。
いつの頃からなのか、、
親の影響?
子供の頃から教え込まれた宗教の影響?
“善悪に分けている”
それに気づいたのはよいけど、
どう処理したら、善悪で区別することなくありのままで見れるのかわからず、
そしてさらに、物事を善悪で見てる私も悪いものだと、それ自体にも善悪をつけてしまうようになり、さらには私の性格にも善悪を、、その時はどうしたら良いのかわからず苦しみました。
その後もいろんな方を訪ねて、心と病の相関性を学んできたわけですが、
“良い、悪いは自分の都合で決めた解釈である。”
ということを知りました。
例えば、
益虫と害虫の区分けも、人間の都合で決めた解釈であって、彼らにとっては生きるためにやってる事に変わりない。
また、時代背景や文化の違いによって、殺人や他の動物を殺めることも、犯罪にもなれば英雄にもなる。
本当に善悪というのは、価値基準の違いで変わってしまう不確定なものだと知りました。
私の身内には、あり得ない、許せない行動をする(と感じていた)人がたくさんいたのですが、
それも、私の目で判断した基準であって、その人にとっては正しいと思ってやっていたことなのかもしれません。
俯瞰して客観的な目で見るように努力したり、相手の行動が私にとってどんなメリットがあるか見れるようになってから、
許せない!と思っていた他人の行動も、
私の人生にこんなにありがたいことをもたらしてくれていたんだ。。と感謝に変わり、少しずつ、他人の不快な行動がなんとも感じなくなってきました。
世の中には色んな方がいます。
あの人は良い人だよー!
と言われる人にもダークな一面がある時垣間見えたり、
あいつは自分勝手で最低だー!
と噂される人でも、実はしっかりと自立した一面の裏返しだったり。
同じ人でもいろんな側面をもっているはずなのですが、自分の都合で自分の観念に引っかかるものしか見えなくなり、見え方が偏り、狭くなっていってしまう。そして不都合な人を避けがちになってしまうのです。
自然界と同じように人間の世界も、多様性があるからこそバランスを保てるのだろうし、あらゆる変化にも対応できる力を得られるんだろうと思います。
いつまでも多角的な見方を心がけていきたいと思います。